涙が出た!帰還困難区域

~そこはまるで別世界だった~

帰還困難区域って覚えているでしょうか?

 帰還困難区域とは、東京電力福島第一原発事故を受け、政府が福島県内に設けた避難指示区域の一つ。放射線量の高い順に「帰還困難区域」「居住制限区域」「避難指示解除準備区域」。帰還困難区域は年間に換算した放射線量が2011年度末で50ミリシーベルトを超えていた区域で、政府が立ち入りを原則禁止している。7市町村にわたり、対象住民は約2万4千人。帰還のめどはたっていない 。
(2016-01-13 朝日新聞 朝刊 生活1)

 私はまさにその帰還困難区域を通ってきました。それはスパリゾートハワイアンズに行った時のことで、常磐線浪江駅から富岡駅までが帰還困難区域のためバス代行されているものでした。浪江町は第一原発のある双葉町の北隣の町です。

 スパリゾートへは大館から盛岡までみちのく号、盛岡から仙台までアーバン号と高速バスを乗り継いて行きました。仙台に一泊し、翌朝は朝一番で仙台からいわきに向かったのですが、それは一番早く目的地に行くために選んだルートでした。

  代行バスに乗り込むと、バスの前方に張り紙がありました。そこには、車内では顔と判別できるような写真は撮らないようにといった内容が書かれていました。私はバスの女性乗務員さんに、バスから外の景色を撮るのは大丈夫か尋ねました。「大丈夫ですよ」と言ったその声の奥に、私は1ミリほどの悲しさを感じとったのでした。

 浪江駅の写真は撮るのを忘れてしまいましたが、車窓から見る浪江の町はとても悲しかったです。道路沿いの建物は窓や屋根が抜け落ち、建物の入り口にはフェンスを渡していて、住人らしき人はいません。ただ、工事車両がところどころに留めてあり、作業している人はたくさんいました。思わず涙がこぼれました。そこはまるで別世界。動いているバスからうまく写真が撮れない。

これは拾い画像ですが、グーグルストリートビューカメラで浪江町を撮影した様子だそうです。


 浪江駅から富岡駅までの代行バスの運行時間は30分で、途中は双葉駅、大野駅、夜の森駅、富岡駅までの4区間でした。ここの区間は2020年3月までに復旧予定だとか。

 写真は富岡駅。駅舎が新しい。だから悲しくなる。

 駅舎に売店が繋がっているだけで駅前には何もない。盛り上げられた砕石や工事車両があるのみ。だから悲しくなる。構内に人影はまばらで、観光客らしいのは私だけのようでした。

 駅裏も何もない。だから悲しい。

2011年3月11日のあの大地震や津波、原発事故を風化させてはならない。私はそう思わずにはいられませんでした。

関連記事
今年のGWはコレだ!安近短の日本のハワイで常夏気分


「涙が出た!帰還困難区域」への5件のフィードバック

  1. 18日にここ通ってきたよ、灯りがついてる建物が復興関係の建物だけだったなあ。

    1. そうだったんだ!
      すごく悲しかったけど、悲しいだけでは済まされない気がした。
      本当にがんぱっぺ!て思った。

  2. コミックや映画では、人の住まなくなった廃墟の街が出て来ますが、
    現実の戻れない街は、忘れられてしまった街でもあるかもしれません。
    多くの日本人は、すでに忘れちゃっていると思います。
    忘れてしまうこと自体は、生きて行く上で必要な機能だそうですが、
    繰り返さない為には記憶の更新が必要になりますね。
    修学旅行でTDLに行かなくて良いから、ここを通ってみるのも
    修学なんじゃないかと。

    1. 気が付けばもう8年前のことになりますものね。早いものです。私も脳裏に焼き付けたはずと思っていたものでも薄らいでいます。現実はまだまだ爪痕が深くて、復興への道のりも遠いです。忘れちゃいけませんね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です