みんなみんないなくなる

みんなみんないなくなる。どんどんみんないなくなる。もう猫はやめます。

昔、娘が小学生の頃、釈迦内の芝谷地で一匹の猫を拾って来ました。娘のことだから飼いたいと言ってもすぐに世話をしなくなるだろう、きっと放ったらかしにするはずと思い、私は猫を飼うのを反対しました。お決まりの通り娘はガンとして絶対世話をするから!と半ば強引に家に連れてきたのでした。

決定権は家長であるじいちゃんに委ねることにしました。じいちゃん曰く、育てれなければ猫は死ぬだけだと。可とも不可ともとれる答えを言うのでしたが、結局その猫は娘が押し切る形で飼うことになりました。

いざ飼い始めると私はその愛くるしい顔や、まだ掌の中で心もとなく動く子猫が可愛くて可愛くて仕方がなくなりました。娘が猫を可愛がる以上に。子猫の親は娘なのだけれども、実際の話ペットを飼うのにお金はかかるもので、餌だの猫砂だのと小学生の娘が工面できるものでもなく、物品調達係の私が結局世話をする羽目になるのでした。もちろん娘も息子もかわいがってはいましたが。

その最初の猫がミーシャでした。家族誰ひとりとして今まで猫を飼ったことがなかったので、ミーシャは家の柱は傷だらけにするし、夜中にはよそ猫の鳴き声に過剰反応するし、それでじいちゃんに怒られるのは娘でなくいつも私。猫を可愛いと思いながらも、それと同時に凹む毎日が始まりました。

やがて避妊手術する間もなくミーシャは4匹の子猫を生みました。無責任なことだけはしたくなかったので、その後は避妊手術を受けさせ、子猫は里子に出すことにしました。

4匹の猫のうち1匹は鹿角市に、1匹は近所の別家に、1匹は鷹巣の津谷さんというお宅にもらわれていきました。残る1匹の行き先だけなかなか決まらず、1匹も2匹も同じ!ということで、さらに我が家の家族になったのがめんちゃんでした。

めんちゃんは4匹の中でも体が大きくておとなしい猫で、生まれてすぐに目を開けたので最初めんぱちくんと名付けましたが、『めん』とか『めんちゃん』と言っているうちに本当のめんちゃんになりました。

生と死は表裏一体で、やがてミーシャが逝きました。娘も息子も私も悲しみに暮れたのは間違いなかったけれど、忘れ形見のめんちゃんは健在でした。その時娘は悲しみのあまり、もう猫はやめる!と心に誓ったそうです。

ところが娘が鹿角市花輪の会社に勤め始めたある日、会社の前の自販機の下でミャーミャー泣いている子猫を見つけ、また拾って来たのでした。その時の娘の言い分は新しい飼い主は決まっていて、ちょっとの間預かっているだけだと。

なのでその猫には名前がありませんでした。名前のない猫の飼い主は一向に現れる気配がなく、娘に何度も早く飼い主に渡してほしいと言いましたが、結局名前のない猫を置いて行く形で娘は埼玉に行きました。

名前のない猫の名前を娘は『猫』と言っていました。おっとうは『にゃん吉』と言っていました。私は『にゃんにゃん』とか『ナンナン』と言ったりしていましたが、もはや名前はどうでもよくって、存在していること自体が意味を持つようになりました。

やがてめんちゃんも逝く日が訪れました。めんちゃんは本当に穏やかな子で、どの猫も可愛いには可愛かったけれど、私は特にめんちゃんが大好きでした。なので、めんちゃんの最期を看取ることができたのはせめてもの救いとなりました。

肝心のナンナンはもともと呼吸が不規則というか荒い子で、家族の誰もが長生きはできそうにない猫だと思っていました。そのくせ戸を開けた瞬間に外に飛び出し、数日帰らずやせ細って傷だらけになって帰ってくるような猫で、臀部の皮がめくれて皮膚から血をにじませながら帰宅することもしばしば。でも人一倍甘えん坊で、私の膝の上に乗ると、条件反射のように服が濡れるぐらい服をちゅぱちゅぱする猫でした。

そのナンナンも昨年の暮れあたりから食欲が落ち始め、ごはんはカリカリからトロトロにしたり様子を伺ったりしていましたが、日ごとに鳴き声はか細くなるし、更に食欲は落ちてくるし水はやたら飲むし、猫砂でもないのに床をカリカリしたり明らかに様子がおかしくなりました。

そして昨日、後ろ足を引きずりながら前足だけで歩き始めました。私は最期が近づいてきたことを悟りました。そのわりに廊下に移動したり、しがみつきながらソファに乗ったり、部屋の隅に行ったりこたつの下に潜り込んだりしていました。

幸い、爺ちゃんの件でおっとうが帰省していたため、ナンナンの見届けをおっとうにお願いしながら私は昨日宿直勤務に出かけました。

おっとうからの今朝のラインでも猫は生きているとのことでした。おっとうはその後単身赴任先の寮のある習志野に戻りました。安心したのも束の間のことで、退勤後諸用を済ませて帰宅後、ナンナンは冷たくなっていました。

みんなみんないなくなる。どんどんみんないなくなる。ナンナンがいなくなった我が家は更に寒くて広い家になりました。

もう猫はやめます。

ナンナン4歳。令和2年1月19日没。

「みんなみんないなくなる」への8件のフィードバック

  1. 3匹目は知らなかった。
    ご愁傷さまでした。
    それから初めて『めんちゃん』の由来を知った。

    1. さんきちどん
      ナンナンが我が家に来た当初、娘が『飼い主は決まっていて預かっているだけだ』と言っていたので、ちょっとブログに書いたことはあったけど、大々的には公表していませんでした。

  2. 心中お察し申し上げます。
    我が家では、生き物を飼うことを一切禁止されていました。
    それは、いずれ死を迎えるからとの理由です(人も亡くなりますが)。

  3. 犬でも猫でも一生は短いから飼い主の宿命だよね。実は飼い主がその子を選んでるんじゃなくて選ばれてるんだよね。
    全ては縁が、取り持ってる。

  4. 我が家のネコも昨年12月6日に亡くなりました。秋田市に住んでた頃、マンションの入り口に捨てられてて、たまたま通りかかった俺の跡をついてきて・・・そのまま飼いはじめたのは、もう15年以上前。長生きなネコでした。

    1. イージーライダーさん
      長生きな猫ちゃんでしたね。
      火葬場で係りの人が、もっと長生きできたのにと言っていたので、長生きさせられなかったことを悔やんでいます。

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