給食が食べたくなるわけ

大館婆ちゃんの作るご飯も美味しかったけど、小学生の頃の給食は美味しくて本当に思い出深いものでした。

おはようございます。今日は給食のことについて書いて行こうと思います。

当のワタクシ、桂城小学校出身で当時は(今もだと思うけど)お昼には給食を食べておりました。月に一回の献立表が配布されるとそれはそれは毎日が楽しみでした。

当時は米飯給食というものはなくすべてがパン給食で、瓶牛乳とパンとおかずと汁物類、そしてデザートのパターンでした。

パンはコッペパンだったり食パンだったりで、一食分に小分けされたジャムだとかマーマレードだとか紙に包まれたマーガリンが添えられていました。好き嫌いはない方と言いつつ、ちょっと苦い後味のマーマレードはさすがにテンションが下がりました。

子供の頃、家では食べ物を残すことを許されなかったので、給食も残すことはありませんでした。むしろお代わりするほうでした。だから給食が嫌いだとか時間が過ぎても給食を食べている人がいると、私は不思議でなりませんでした。なぜ、ハムが食べられないの?美味しいのに!ってね。

思い出深いメニューというのもあって、一番はクジラの唐揚げでした。クジラの唐揚げは多少歯ごたえのある赤身のクジラの肉を片栗粉で揚げたものでした。当時は普通にクジラ肉を食べていたし、それこそ家ではクジラの皮は茄子と一緒に貝焼きにして食べていました。

五目汁は大好きでした。醤油味のスープにナルトとか鶏肉が入っていて、野菜もいっぱい入っていたんですが、すまぬ!その具材が思い出せません。

牛乳は冬場は温めて飲みました。その温め方というのが、私が低学年の頃は旧校舎で石炭ストーブでしたので、石炭ストーブの上にお湯を張ったアルマイトのダシ(タライだったかもしれません)を置き、その中に瓶牛乳を入れて温めていました。たまに何本か瓶が割れてお湯白濁事件が起こることもありました。

ポテトサラダも好きでしたが、たまに想定外に甘かったりすると具合が悪くなりました。父親には甘いおかずはおかずでないと育てられていたためです。

ひじきは家庭でも食べていたし、給食でも定番でした。

デザートのリンゴはやたら固かったのを覚えています。顎の力をつけるためかわかりませんでしたが、ほとんど皮付きのままの4等分か8等分くらいのものでした。

給食は大好きでしたが給食当番はちょっと大変でした。重くて運ぶのが大変だったからです。お当番はクラスメイトに配膳をしますが、均等に盛りつけするのが難しかったですね。想定外に足りなくなったり余ったりすることもありました。足りなくなった時は回収して盛りつけし直しです(笑)

大館婆ちゃんの作るご飯も美味しかったけど、小学生の頃の給食は本当に美味して思い出深いものでした。

今は給食を食べることもなくなりましたが、職場では幼児さんに給食を提供していて、給食の時間に近づくにつれいい匂いが漂い始めます。なので小学生の頃の給食のことを思いだすとともに思わず食べたくなってしまうのもご理解いただけるでしょう。

この給食が我が家の献立のヒントになることもあります。実際に給食を見て帰宅後まねっこをしたこともありましたもの。

今日はその給食メニューから一品だけですが、まねっこして作ったものをご紹介します。

~小さな子供でもつるつるっとイケてしまう春雨サラダレシピ~

①ハムは千切りにします。
②人参も千切り。
③キュウリも千切り
④冷凍コーンを適宜
⑤冷凍ブロッコリも適宜

⑥はるさめは湯がいて適当な長さに切っておきます。

⑦味付けは今回私はミツカンレモン酢とゴマ油と塩コショーで味を調えました。

給食☆彡

給食☆彡

給食☆彡

あ~、なんて素敵な響きなんでしょう。給食を卒業された方でも昔を懐かしみながら、お家給食、是非やってみて下さい。

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「給食が食べたくなるわけ」への2件のフィードバック

  1. 家内とめんちゃんは小学校の同窓生の様ですが、家内曰く「給食で脱脂粉乳なんて飲んだこと無い」。
    東京都葛飾区の給食では、40年前脱脂粉乳が牛乳の代わりに出てました。東京都ですよ!
    誰一人として(多分)好きになれそうに無い代物です。牛乳を小学生全員に飲ませるだけの
    生産量が関東では確保出来なかったのかなぁ?

    1. Daimalさん
      すごく気になります。奥様って誰だろう??
      それにしても脱脂粉乳なんてあり得ません。っていうか、その存在さえ知りませんでした^^;

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